こんにちは。ISO 14001講師の吉田宣幸です。
今回は、「ISO 20121:2024」を、ISO 14001:2015と比較しながら、解説していきたいと思います。(※ISO 14001は、環境マネジメントシステムの規格)
2024年4月に発行した「ISO 20121:2024」の正式名は、「Event sustainability management systems-Requirements with guidance for use」です。直訳すると、イベントのサステナビリティ(持続可能性)に関するマネジメントシステム-要求事項及び利用の手引です。
スポーツの祭典・オリンピックの準備で、工事関係者などの間で話題になったISO 20121:2012の改訂版ですが、2012年版をご存知無い方も多いと思いますので、旧規格との差分解説はしないようにします。あくまでISO 14001との比較での解説です。
オリンピックなど一時的な事業は、その名の通りすぐに終了しますので、まだ新しい物がゴミになってしまう、という特徴があり、「もったいない!」と感じることが多く、地球環境問題の観点から非難にさらされやすいのが実情です。その一方で、社会的に意義のある事業だからこそ実施される、という観点もあります。
また、準備・実施の仕方などによっては、それらの逆、環境面での改善を押し進めたり、敵対国選手への嫌がらせなど社会的に負の面を助長することもあり得ます。
したがって、主催者にはこれらをマネジメントする必要性があり、そのためにこの規格が役立ちます。
本文の箇条4~10を見ると、助動詞が「shall」です。つまり、ISO 14001と同じく、要求事項という位置づけです。ちなみに推奨事項を示す「should」という言葉は、細分箇条8.3と9.1に登場します。
目次を見ると、ISO 14001:2015とほとんど同じです。その理由は、附属書SLに基づいて規格が作成されているためです。ちなみに「ISO 20121:2024」は、2022年版の附属書SLに基づいているため、細分箇条6.3(Planning of changes)があるなど、附属書SLの”版”の違いによる違いはあります。(※ISO 14001や9001などのマネジメントシステムの規格は、附属書SLに示された章立て、言い回し、用語などをなるべく使用して執筆するように各委員会に求められている)
細分箇条6.1.2を見ると、「issue(課題)」という単語があり、細分箇条4.1に登場する「外部の課題」「内部の課題」と混同しそうになりますが、細分箇条4.1の「issue(課題)」は、細分箇条6.1.1のリスク及び機会へつながるもので、戦略レベルのものです。
細分箇条6.1.2の「issue(課題)」は、(戦略レベルではなく)戦術レベルの扱いをするものを指しており、環境面と社会面と経済面から特定した「sustainable development issues(持続可能な発展の課題)」のことです。ISO 14001で「環境側面」と呼んでいるものに近い位置づけです。
直接管理できる課題だけでなく、組織が影響を及ぼし得る課題も考慮対象ですので、ISO 14001に『ライフサイクルの視点を考慮し,組織の活動,製品及びサービスについて,組織が管理できる環境側面及び組織が影響を及ぼすことができる環境側面,並びにそれらに伴う環境影響を決定しなければならない』と書かれていますが、これとかなり似た考えです。「ISO 20121:2024」が、ISO 14001と大きく異なる点は、分野が、環境面だけでなく、社会面と経済面にも広がっていることです。したがって、「ISO 20121:2024」は、イベント主催者が直接行うことだけでなく、サプライヤーの活動などであってもイベント主催者が変更を要請できることであれば対象となります。
なお、本文(細分箇条6.1.2)にも「issue(課題)」の説明が長々とありますが、附属書Cに多くの例示がありますし、ISO 26000やGlobal Reporting Initiative Reporting Standardsもその情報源として見ることが勧められています。
ISO 26000は現在2010年版で、それを日本語化したJISが2012年に発行されています。『JIS Z 26000:2012 社会的責任に関する手引』では、36の課題が、7つの中核主題(厳密に言えば「組織統治」を除く6つ)に分類されています。
Global Reporting Initiative Reporting Standardsは、GRIスタンダードなどとも呼ばれ、サステナビリティ報告の世界的な基準として広く採用されています。「マテリアリティ評価」という言葉も登場し、これが「ISO 20121:2024」細分箇条6.1.2に該当するものです。
「materiality assessment(マテリアリティ評価)」は、「ISO 20121:2024」では、細分箇条3.45で下記の定義となっており、影響重要性と財務重要性のトピックを定義するプロセスのことです。
“影響重要性“は、環境、経済、人権を含む人々に重大な影響を与えるかの観点、
“財務重要性“は、将来のキャッシュフロー及び組織の価値に重大な影響を与えるかの観点です。
『process (3.25) to define the topics that have the most significant impact on the environment, the economy and on people including human rights (impact materiality) and influences or can influence the future cash flows and the value of the organization (financial materiality)』
さて、話を目次に戻しますと、すでにお話しした細分箇条6.3や箇条10以外では、
下記の点が奇異に感じる点ではないでしょうか。
細分箇条4.5 Sustainable development principles and mission statement
細分箇条8.2 Managing changes
細分箇条8.3 Supply chain management
細分箇条9.3.4 Performance against governing principles of sustainable development
細分箇条4.5では、細分箇条5.2(方針)の上位である経営理念や統治原則について書かれています。
まず、持続可能な発展に関する”原則”を、組織の行動指針(ミッション・ステートメント)に統合することを求めています。持続可能な発展に関する原則は、執務責任、インクルージョン、インテグリティそして透明性の4つです。
インクルージョンは、細分箇条3.15に定義されてはいますが、少し小難しい定義のため、意訳すると、人種や年齢や性別など関係無く多様な人々が互いに尊重され、それぞれがイキイキとしている状態です。世間では「包括」「包含」などと訳されていることが多いです。
インテグリティは、世間では「誠実さ」「真摯(しんし)さ」などと訳されていることが多く、細分箇条3.16では「adherence to ethical principles(倫理原則に忠実)」と定義されています。
(ちなみに、インクルージョンやインテグリティは、附属書Aにも説明が書かれていますので、そちらも参照してください。特にTable A.2やTable A.5はニュアンスも理解できると思います)
組織(イベント主催者等)は、purpose(組織の存在目的)、ミッション(使命)、社会面と環境面と経済面の”便益””リスク””価値観”を決定します。
組織の原則、行動指針(ミッション・ステートメント)及び価値観は、方針(細分箇条5.2)、目標、運用の計画(箇条8)へと展開されることになります。
細分箇条8.2(変更の管理)は、まずは細分箇条6.3(変更の計画策定)でマネジメントシステム変更の必要性を決定し、それを具体的に展開する位置づけです。
状況が変化したり、計画通りに物事が進まなかった場合、行動指針(ミッション・ステートメント)や方針を考慮して最も良い解決策(best practical sustainability solutions)が実施されるように、プロセスの適応(adapt)が求められています。
また、この決定は、監視・評価の対象で、学んだ教訓はマネジメントレビュー(9.3)に報告することも求められています。
細分箇条8.3(サプライチェーン マネジメント)は、調達プロセスについて書かれています。
ちなみに、附属書Bには、サプライチェーンマネジメントに関する詳細と、サプライヤーのイベント後のパフォーマンス評価に関する詳細が書かれています。
「サプライチェーン」はサプライヤーの活動等ですので、組織(イベント主催者等)がコントロールできるのは、調達プロセスを通じてのみとなります。入札条件や仕様書、選定基準、評価基準の決定、それらの運用・適用、サプライヤーのモニタリングが必要です。もちろんこれらは、サステナビリティ(持続可能性)の考慮事項を考慮して、決定します。
例えば、児童労働ではない方法で生産された物を購入したことを世間に証明したいのであれば、サプライヤーに証拠提出を入札条件として要求する必要があります。
入札募集は、開放的かつ公正な競争ができようにします。入札プロセスや提案依頼のプロセスは、小規模事業者でも完了できるようにしておくことがサステナビリティにつながります。大企業としか取引しない、力の強い組織の提案しか聞かない、ということが無いようにしましょう。
スポンサーや無償で現物提供する組織も、サプライヤーとみなすことが望ましいです。スポンサーが提供するプロモーション活動や製品・サービスが、組織やイベントの持続可能な発展の原則、objectives(目標)、価値観に沿っているかの確認も必要です。
例えば、青少年のイベントで煙草の試供品が配られるのは、主催者の価値観に合わない等の判断が該当します。
細分箇条9.3.4(持続可能な発展の統治原則に対するパフォーマンス)は、細分箇条9.3の一部ですので、マネジメントレビューの一部と言える総括的な部分です。
細分箇条9.1で得た情報も含めて総合的に、下記3つそれぞれと現実結果(及び将来見込み)との比較評価を行います(conduct evaluations of its performance)。
・表明したpurpose(組織の存在目的)
………つまり目的と現実結果との比較評価、目的と将来見込みとの比較評価。
・表明した価値観
………つまり価値観と現実結果との比較評価、価値観と将来見込みとの比較評価。
・governing principles(統治原則)(4.5参照)
………つまり原則と現実結果との比較評価、原則と将来見込みとの比較評価。
ちなみに、細分箇条9.3.3(マネジメントレビューの結果)では、方針や目標レベルの記述に留まっていますが、細分箇条9.3.4(持続可能な発展の統治原則に対するパフォーマンス)では、細分箇条4.5に登場する”原則”のレベルの記述が出てくるため、さらに上位の位置づけのようにも読めます。しかし、マネジメントレビューと同時に行ってはいけないという記述はありませんので、マネジメントレビューの一部として評価を実施する組織が多いのではないでしょうか。
最後に、細分箇条9.2.1(内部監査 一般)の説明をします。
ISO 14001の内部監査では、①ISO規格要求事項に適合、②組織が決定したルール(規定や手順や基準)に適合、③有効に実施され,維持されている、の3つを評価しますが、「ISO 20121:2024」では④持続可能な発展の方針及び目標の達成に有効(is being effective in achieving the sustainable development policy and objectives)という記述もあります。
上記④が加わっているため、内部監査での確認事項がISO 14001に比べて増えたと感じる一方、③の一部として既に実施しているから、実質変わらないと感じる方もおられるのではないでしょうか。
蛇足の説明ですが、④の記述の最後は「policy and objectives(方針及び目標)」であり、“原則”ではありませんので、内部監査で細分箇条9.3.4の評価も済ませてしまうことは想定していません。
如何でしょうか。「ISO 20121:2024」は、記述量の多い規格です。解説では、正確性よりも全体像をつかんでいただくことと、大きな特徴を理解していただくことを優先しています。まだJIS規格(つまり日本語になった規格書)は発行されていませんので、認証取得を目指す方は、ISOの規格書を購入なさることをお勧めします。
参考
○ISO
ISO 20121:2024_Event sustainability management systems — Requirements with guidance for use